研究内容

研究内容

研究概要

虫の生態に関与する物質“フェロモン”“アレロケミカル”に注目して研究を行っています。候補となる物質群を有機化学的な手法で分析して,活性物質を特定します。次に「定量的な活性の評価」「代謝メカニズム」「生態学的な意義(ストーリー)」の3つの視点から追究し,物質を取り巻く生物間相互の関連を明らかにします。“フェロモン”“アレロケミカル”は自然生態系で虫の行動や生理を効果的に制御する貴重な素材であり,それらを利用して新たな学問分野への展開を目指しています。

コナダニが分泌する脂肪族化合物の代謝メカニズム

コナダニのフェロモン研究は約40年前にさかのぼり,ケナガコナダニの警報フェロモンが発見されたのが始まりです。その後,警報フェロモン以外にも性フェロモンや集合フェロモンなどが多種のダニから見つかりました。コナダニは種毎に放出する匂いが異なるため,見つかるフェロモン(=物質)はバラエティーに富んでいます。モノテルペンが多いですが,芳香族化合物や炭化水素もあります。

昆虫では比較的珍しい炭化水素である(Z,Z)-6,9-ヘプタデカジエンを分泌する種が多いのがコナダニの特徴です。この炭化水素はフェロモンを含む分泌成分を,効率的に体外に放出する溶媒的役割を担っていると考えられます。また中には,この物質をフェロモンとして利用するダニもいます。ダニにとって非常に重要である (Z,Z)-6,9-ヘプタデカジエンの生合成機構に興味をもち,前駆体や関連する酵素などに関する研究を行っています。また,特定のダニから見つかった新規物質である脂肪族ギ酸エステルについても,同様の手法で生合成研究に取り組んでいます。

トビムシのフェロモンの探索

トビムシは土壌に生息する節足動物の中では,ササラダニに匹敵するほど個体数の多い生物種です。トビムシという名前から想像できるように,腹側にたたまれた跳躍器を使って大きく「跳ぶ」ことで,捕食者から逃避します。全てのトビムシが跳べるわけではありません。跳べないトビムシは跳躍器が退化して完全にないか,あるいは痕跡程度しかありません。

シロトビムシ科トビムシは跳躍器の代わりに各体節に擬小眼と呼ばれる分泌腺をもち,なんらかの防御物質を放出し,捕食者を忌避することで身を守っていると考えらます。またコナダニ類で見られるような,分泌成分を同種内の情報媒体として利用している可能性も考えられます。トビムシ類に関して,フェロモン・防御物質など分泌成分に関する化学的な研究は比較的少ないので,身近で繁殖の容易なトビムシを使って研究を行っています。

グンバイムシの成虫と若虫の分泌成分の違いとその機能

京都市や亀岡市の街路樹にはプラタナスの木が使われています。夏場の青々としたきれいな葉が印象的ですが,プラタナスグンバイによる被害が深刻になっています。虫に吸汁されると葉は白いかすり状の脱色斑が発生し,葉裏には黒い粘液状の排泄物が付着します。繁殖力が凄まじく,樹全体の葉が真っ白になって美観が損なわれるほか,人家の窓ガラスやベランダは風に乗って飛んできた虫で汚されてしまいます。プラタナスグンバイは北米原産の侵入害虫で,日本で初めて発生が確認された後,急速に分布を拡大しています。

プラタナスグンバイの若虫は特有の匂いとしてゲラニオールを放出し,これを警報フェロモンとして利用していることを発見しました。キク科植物(セイダカアワダチソウやヒマワリなど)を寄主とする侵入害虫であるアワダチソウグンバイをはじめ,他種のグンバイムシにもこのような現象があるのか研究を進めています。また,興味深いことにグンバイムシの若虫には共通して顕著な集合現象が観察できます。集合を引き起こす化学因子が存在するのかを化学生態学的アプローチで解明しようと考えています。

ヤスデの化学防御機構

ヤスデは頭部を内側にして丸まる防御行動をとるほかに,各体節に存在する一対の分泌腺から防御物質を分泌します。多くのオビヤスデ目ヤスデは,防御物質としてマンデロニトリルやベンゾイルシアニドなどのシアン化合物を分泌します。一方,ヒメヤスデ目とヒキツリヤスデ目ヤスデは,ベンゾキノン類を分泌します。ベンゾキノン系のヤスデは,虫体を有機溶媒に浸けると溶液が黄色く染まるのが特徴です。また,タマヤスデ目とジヤスデ目ヤスデはアルカロイドを生産することが知られています。

オビヤスデ目ヤスデは,マンデロニトリル(MN)を分泌しますが,分泌化合物のデータを解析したところ,MNとベンゾイルシアニド(BC)を主成分とするヤスデ群と,BCをほとんど含まず,MNと他のフェノール類の混合物が防御物質であるヤスデ群に大別できることが分かりました。しかし,不思議なことにどのヤスデにも分泌腺成分としてBCは含まれておらずMNのみが検出されます。BCの由来について,ある仮説の検証を行っています。またベンゾキノン系のヤスデであるフジヤスデについても,新たな知見をもとに研究を進めています。

ワラジムシが放出する物質

土壌動物の中で集団を形成して生息することで知られる陸生のワラジムシ類には,ダンゴムシ,ワラジムシ,フナムシなどがあります。これらは全て分類学的には節足動物,甲殻類,等脚目のワラジムシ亜目に属して,水生から陸上化の方向に進化した生物です。フェロモン研究については今から約30年前に集合フェロモンが探索され,現象は確認されましたが,活性物質は謎のままです。防御物質はさらに古く1950年代に報告されていますが,こちらも詳しいことは分かっていません。

これらの背景のもと,ワラジムシ亜目ワラジムシ科,ハヤシワラジムシ科,ヒメワラジムシ科を対象として,外分泌物質の探索を行っています。防御反応を調べた全種において,尾肢から粘性の強い分泌物が見られました。捕食者に取り付くと自由に動き回れなくする効果がありそうです。また特定の種ではそれに加えて,外側板からも分泌物が見られ,尾肢からのものとは物性が大分違うようです。これら2種類の物質について,化学分析を進めるとともに,どのような生物機能を担っているのかを明らかにしたいと考えています。