Baeyer-Villiger

Baeyer-Villiger

Biosynthetic pathway of aliphatic formates via a Baeyer?Villiger oxidation in mechanism present in astigmatid mites

Shimizu, N., Sakata, D., Schmelz, E.A., Mori, N., Kuwahara, Y., PNAS, 114, 2616-2621, 2017. DOI: 10.1073/pnas.1612611114

【ポイント】

1. コナダニの脂肪族ギ酸エステルの生合成に、これまで生物では見つかっていないバイヤー・ビリガー酸化反応が関わっていることを実験的に証明。
2. ギ酸エステルと炭化水素が同時に分泌されるので、アルデヒドを共通の前駆体とした巧妙な生成メカニズムが存在。
3. 反応に関わる酵素とメカニズムが解明できれば、新たな生体触媒の開発や環境負荷の少ない医薬品合成の実現などにつながる可能性がある。

【研究の背景】

ダニは一般的には人間にとって好ましくない生き物の代表のように思われていますが、ダニ全体の膨大な種数から見れば、人間生活と関わり合いのない場所で暮らすものが圧倒的多数です。その中で無気門亜目のダニ(コナダニ、図1)は、家屋内ではハウスダストに含まれ皮膚炎や気管支炎などの健康問題を引き起こしたり、小麦粉、砂糖、味噌、乾物などの食品に発生したりする種が知られています。餌があり適度な湿度が保たれていれば容易に繁殖します。コナダニは種ごとに異なる「匂い」を放出し、コミュニケーションの手段としています。この「匂い」は主にモノテルペン、炭化水素、エステルなどの脂肪族化合物と芳香族化合物などで構成され、警報・集合・性フェロモン[1]や抗真菌活性などの様々な生物機能をもっています。コナダニの繁殖を可能にする要因の一つとして、このような揮発性の低分子化合物をうまく利用してことが挙げられます。

図1ササガワダニ1

特に炭化水素はコナダニに広く分布し、それには特異的な脂質の代謝が大きく関わっています。一般的に炭化水素は脂肪酸が減炭[2]することで生成し、体内に豊富に含まれるリノール酸[3]とオレイン酸[3]から誘導される不飽和炭化水素を分泌する種が多いことが分かっています。コナダニはリノール酸を合成する能力をもっていて、これは特定の昆虫を除いて一般の動物は見られない特徴です。脂肪酸から炭化水素が生成するメカニズムは昆虫では徐々に明らかになりつつありますが、コナダニではほとんど分かっていません。また新たに見つかった脂肪族ギ酸エステル[4]は、炭化水素と同様、リノール酸とオレイン酸から合成されると予想できましたが、その生成メカニズムについては全く未解明でした(図2)。

図2 本研究は脂肪酸からどのようにギ酸エステルが生成するかを検証1

【研究の成果】

安定同位体で標識した前駆化合物を餌(乾燥酵母)に混合してダニに摂食させる取り込み実験で、ギ酸エステルとそれに対応する脂肪酸の標識パターンをNMR[5]で解析しました。興味深いことに、ギ酸エステルの生合成には脂肪酸の減炭反応を経由しない新規な機構が関与していることが示唆されました。この仮説を検証するため新たな取り込み実験をデザインし、GC-MS[6]で解析したところ、ギ酸エステルのギ酸炭素は対応する脂肪酸のC-1位炭素由来であることが明らかになりました(図3)。

図3 [1-13C]-ステアリン酸を用いたダニへの取り込み実験1

すなわち脂肪酸がアルデヒドに還元された後、カルボニル基と隣接する炭素鎖の間に酸素原子が挿入されるバイヤー・ビリガー酸化[7]の関与が強く示唆されました。アルデヒドは炭化水素の推定される生合成前駆体であることを考え合わせれば、ダニは単一の基質に対して異なる酵素の働きでギ酸エステルと炭化水素を作り分ける巧妙な生成機構をもつことになります(図4)。

図4 ダニにおけるギ酸エステルと炭化水素の推定生合成経路1

【今後への期待】

バイヤー・ビリガー酸化を触媒する酵素(バイヤー・ビリガーモノオキシゲナーゼ)は微生物でよく知られていますが、主な反応は環状ケトンからラクトンを、脂肪族・芳香族ケトンからエステルを合成するものです。今回の脂肪族アルデヒドからギ酸エステルへ1段階で変換する酵素はこれまで見つかっていません(図5)。よって、本酵素はこれまで知られている微生物のものとは全く異なる新しいアミノ酸配列をもつことが予想されるため貴重な酵素資源となりえます。詳細な構造や反応のメカニズム、酵素遺伝子が解明できれば緩和に減炭反応を成し遂げる新たな生体触媒[8]の開発が期待できます。有機合成分野において既存の減炭反応は比較的煩雑なため、天然化合物や医農薬品など有用な化合物の合成において有効な手段となりえます。

図5 生物学的 Baeyer-Villiger 反応1

補足説明

  1. フェロモン
    特定の生物種の個体から分泌発散されて、それを受け取った同種の他個体に生理的な影響を与えたり、特異的な行動を起こさせる物質のこと。昆虫の中でも特に社会性昆虫や害虫でフェロモン研究は進んでいる。
  2. 減炭
    ケトンやアルデヒドなどのカルボニル化合物やカルボン酸などの炭素鎖を除去して 同族化合物に変換する反応。有機合成分野において炭素鎖を伸ばす増炭反応は多種多様の方法が知られているが、炭素鎖を短縮する減炭反応には一般性の高い反応は少ない。
  3. リノール酸とオレイン酸
    直鎖の不飽和脂肪酸。リノール酸の炭素鎖長は18で、9位と12位にそれぞれシス型二重結合をもつ。多くの動物にとっては必須脂肪酸である。オレイン酸の炭素鎖長は18で、9位にシス型二重結合をもつ。この2種の脂肪酸はコナダニ類では比較的豊富に含まれる。
  4. 脂肪族ギ酸エステル
    鎖式あるいは分枝脂肪族アルコールとギ酸が脱水縮合した化合物。コナダニ類ではモノテルペンのギ酸エステル(ギ酸ネリル)が警報フェロモンとして広く分布する。脂肪族ギ酸エステルは特定種に検出される。
  5. NMR
    核磁気共鳴(NMR)装置は、原子核を磁場の中に入れて核スピンの共鳴現象を観測することで、物質の分子構造を原子レベルで解析するための装置。有機化合物の水素原子や炭素原子などの結合状態や隣接する原子との関係などが分かる。
  6. GC-MS
    ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)は、GCで分離した成分の検出に質量分析計を用いることで、質量スペクトルから化合物の構造決定および定量が行える。揮発性が高く、極性の大きすぎない化合物の分析に有効。昆虫フェロモンの分析に一般的に用いられる。
  7. バイヤー・ビリガー酸化
    鎖状・環状ケトンのカルボニル基が酸化されてエステルやラクトンになる反応。有機合成分野では酸化剤として過酸が用いられる。安全性や入手しやすさからmCPBA(メタクロロ過安息香酸)が酸化剤としてよく用いられる。
  8. 生体触媒
    代表例は酵素であるが、微生物を含める場合もある。生体触媒による反応は、常温常圧下で反応が進行するため、省エネルギー型であり、かつ高い基質特異性のために副生成物を生じないため精製が簡略化できるなどの利点がある。