Sex pheromone borneol

Sex pheromone borneol

Identification of a sex pheromone of the chrysanthemum lace bug Corythucha marmorata (Hemiptera: Tingidae)

Watanabe, K., Shimizu, N., Sci. Rep., 7, 7302 , 2017. DOI: 10.1038/s41598-017-06783-y

【ポイント】

1. アワダチソウグンバイ成虫の分泌物であるボルネオールを雄の配偶行動を活発化させる性フェロモンと同定。性フェロモンの発見はグンバイムシ科では初めてである。

2. 性フェロモンは雌雄とも分泌しており、雄は配偶行動の際、雌雄を正確に区別できなかった。

3. 植物由来の酢酸ボルニル(ボルネオールの酢酸エステル)と昆虫由来のボルネオールとでは立体配置が異なっていたため、性フェロモンの合成には昆虫特異的なボルネオール合成酵素が関与している。

【研究の背景】

グンバイムシはカメムシの仲間で、体は非常に小さく、葉裏に潜んでひっそりと生活しています。あまり人目に付かないので、グンバイムシという名前にはあまり馴染みがない人が多いと思います。若虫は体全体に棘状の突起をもっていますが、成虫になると「lace bug」の名前の通り、レースのようなきれいな羽をもち、鎧兜のような特殊な被り物で頭部が覆われます。その姿はちょうど相撲行司がもつ「軍配(グンバイ)」に似ているのでその名前が付きました。
グンバイムシは世界中に分布していて日本にも数十種は知られています。その中でアワダチソウグンバイ、プラタナスグンバイ、ヘクソカズラグンバイの3種は海外からの侵入種です。アワダチソウグンバイは北米原産で、2000年に兵庫県西宮市で初めて確認されて以降、セイタカアワダチソウのほかブタクサやヨモギなど繁殖力の高いキク科の雑草に寄生することでその分布範囲を拡大しています。園芸作物である菊やヒマワリなどで大きな被害が出ているほか、サツマイモやナスでもその発生が確認されています(図1)。

図1c

我々は害虫防除を目的として、侵入種を中心に数年前から本格的な化学生態学研究を開始しました。プラタナスグンバイ(J. Chem. Ecol., 2011)とアワダチソウグンバイ(Nat. Prod. Commun., 2015)で若虫が発する警報フェロモンを同定し、活性物質は両種ともゲラニオールでした。面白いことにアワダチソウグンバイでは若虫だけではなく成虫にも顕著な逃避行動を起こしました。ところで、近縁なカスミカメムシ科では雌成虫の放出する匂いに対して雄成虫が引き寄せられる誘引性の性フェロモンが知られています。グンバイムシは飛翔性・移動性が乏しく、かつ比較的高密度で生息している点でその生態は他科とは少し異なっています。これまでグンバイムシの性フェロモンは見つかっていませんが、アワダチソウグンバイ雄の特徴的な配偶行動は実験室内でたびたび観察していました。そこで我々は、この配偶行動を制御する世界初となるグンバイムシの性フェロモンの同定を目指しました。

【研究の成果】

アワダチソウグンバイを野外から採集し、しばらく実験室内で飼育実験を行いました。雄成虫は普段は葉上でじっと動かず落ち着いていますが、何らかの刺激(飼育容器を開ける時の振動、空気の流れなど)がきっかけとなって動きだし、雌を見つけると配偶行動が始まります。まず雄が雌の背中に乗りかかり、体を上下に何回か振動させた後、両者が腹部を突き合わせた姿勢で交尾が成立します。この一連の行動は雄同士でも見られ、交尾には至りませんが、マウントしたり、体を振動させたりはします。どうも雄は接触するまでは雌雄を区別できないことが分かりました。

図2c

雄のマウント行動は雌のヘキサン抽出物でも再現することができました。性フェロモンは二環式モノテルペンのボルネオールであり(図2)、雄のヘキサン抽出物にも同等量のボルネオールが含まれていたことから、雄が雌雄を区別できない理由が理解できました。キラル分析により天然物は(+)-体と決定し、低濃度で配偶行動を活発化させました。念のため(-)-体でも試験したところ、弱いながらも性フェロモン活性が確認されました(図3)。

図3a

【今後の展開】

ボルネオールは竜脳と呼ばれ、竜脳樹をはじめさまざまな植物の精油に含まれています。セイタカアワダチソウ葉の精油を分析すると酢酸ボルニル(ボルネオールの酢酸エステル)が検出されたことから、我々は当初、グンバイムシはこの物質を加水分解して性フェロモンとして利用していると考えていました。しかし、精油由来の酢酸ボルニルの加水分解物であるボルネオールは(-)-体であり、グンバイムシの性フェロモンとは立体化学が一致しませんでした。すなわち、グンバイムシと植物とではボルネオールの生成機構が異なることが示唆されました(図4)。

図4a

これまで昆虫を含む動物全般を通して、ボルネオール合成酵素は見つかっていません。よって、グンバイムシの酵素の中には植物にはない産業上、有用な未知のモノテルペン合成酵素が含まれていると期待できます。農作物の害虫であるグンバイムシが未開拓の新たな酵素遺伝子資源となりえるかもしれません。